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     - まだななつ  【曼珠沙華】 -


  GONSHAN. GONSHAN. 何処へゆく。
  赤い御墓の曼珠沙華ひがんばな
  曼珠沙華、
  けふも手折りに来たわいな。

 GONSHANとは、柳川方言である。
 旧家のお嬢様だとか、そういう意味だ。
 私がこの句を知ったのは、いつであったか。
 あの女性に出会ったのは、いつであったか。
 陶器のように青白い、綺麗な肌。
 白い装束。
 俯いた、儚げな横顔。

  GONSHAN. GONSHAN. 何本か。
  地には七本、血のやうに、
  血のやうに、
  ちやうど、あの児の年の数。

 いつであったか、十数年ぶりに私は帰郷した。
 ぼろぼろになった生家に立ち寄り、あちこち見て回った後、墓参りのために近所の寺を訪れた。
 そこに、あの女性はいたのだ。
 小さな墓の前にひとり佇んでいる、白い装束の女性。
 血管が透けて見えそうなほどに白い肌。
 細い眉。
 きゅっと閉じた双眸。
 赤い指先。
 日は、未だ高い。
 燈色の秋の陽光が、女性の白い装束の上にゆっくりと染みこんでいる。
 風が吹いて、墓場の芒が鳴いた。
 女性が、その場にしゃがみ込んだ。
 小さな墓の前に、女性は自らの顔を近づけていく。
 青白い唇が、それに触れた。
 その墓の前に咲いた、赤色の曼珠沙華。

  GONSHAN. GONSHAN. 気をつけな。
  ひとつ摘んでも、日は真昼、
  日は真昼、
  ひとつあとからまたひらく。

 たっぷりと時間をかけて、白い女性は赤色の曼珠沙華に口づけをした。
 愛おしむように、唇を花弁に押しつけた。
 花弁の先を、小さく噛んだ。
 噛まれた花弁が、じわりと微かに濡れる。
 女性が赤い花弁の先から、茎のほうへと柔らかな舌を絡め始めた。
 花弁が、きゅ、と鳴いた。
 舌に巻かれるようにして、曼珠沙華の茎が女性の顔に引き寄せられていく。
 女性の、右手が伸びた。
 白い肌。
 赤い指先。
 それが、茎の中央を摘んだ。
 花弁に口づけをしたまま、女性はその曼珠沙華を手折り、立ち上がった。
 唇を離し、その花を慈しむように両手で胸元に抱く。
 そうして、微笑した。
 先程よりもほんのり赤が差した唇を歪めて、女性は微笑した。
 女性はそのまま、私に気づくこともなく立ち去っていく。私はくらりと歪む頭を抑えながら、女性の立っていた小さな墓の前まで歩いていった。
 墓に刻まれている名前は、ひとつであった。
 今年でちょうど七つになるらしい、子供の名前。
 風が吹いて、頭のない曼珠沙華が、ざわと揺れた。

  GONSHAN. GONSHAN. 何故泣くろ。
  何時いつまで取っても、曼珠沙華、
  曼珠沙華、
  恐や赤しや、まだ七つ。




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