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     - もののけの箱 -


 もうし。
 もうし。
 起きられましたか。
 大丈夫でございますか。
 ああ、それはよかった。
 いきなり落ちてきましたので、私どもびっくりしてしまいましたよ。
 私は、ひとえと申します。
 ああ、まだお体を起こされないほうが。
 そう、楽にしていて下さい。
 痛いところはありませんか。
 どこか怪我をしているところなどは。
 そうですか。
 しかし、あなたは運がよろしい。
 この辺りは、私どもの住み処のなかでは一番土の柔らかい場所でございますからなあ。運悪く岩になど当たってしまえば、ぐちゃ、と一発で頭が潰れてしまいます。
 それに、これよりもっと奥の草むらのほうに落ちたのなら、まずそこで命はありません。
 あの辺りには、知朱ちしゅと呼ばれるなんとも剣呑なものが住んでおりましてな、やつらは捕まえた獲物に毒を注入し、どろどろになった内蔵を啜るのでございます。
 あれに喰われたものは、表皮だけの薄っぺらい無惨な脱け殻となりまして、そこいらに転がっているのを発見されるという末路を辿るのでございますから、私があなたは運がよろしいと言った意味も分かりますでしょう。
 さて。
 実を言うと、私どもはあなたを待ちわびていたのでございますよ。
 ふみや、木世きよや。
 こちらの客人をもてなしてさしあげなさい。
 お腹は空いていますかな。
 それとも、喉が渇いていますかな。
 私どもはこれから食事でございますからなあ、是非あなたにもと――。
 こら、文。
 申し訳ございません。
 この文には噛み癖がありましてな。
 私も先日、首をかぷりとやられたばかりでございます。
 それさえなければ、ほっそりとしていて、好い娘なのでございますがなあ。
 大丈夫でございますか。
 ほう、やられたのは手の甲でございますね。
 血も出ておらぬようですから、放っておけばじき治るでしょう。
 なに、こちらの娘ですか。
 こちらの娘に興味がおありですか。
 これは木世といいまして、見た目通りの器量よしでございます。この木世の母親というのもまた絶世の美女でございましたが、そのあまりの美しさに生きたまま磔にされ、どこか他の場所へ移されてしまいましてな、こうなると私どもはもう何もできません。私どもはこの住み処から一歩たりとも出られないのですからなあ。
 この木世もまた、母親と同じ運命を辿るのでございましょう。その証拠に、木世の美貌は年々その母親に似てきているのですから、この木世が磔にされて私どもの住み処からいなくなるのもそろそろだということが分かりますなあ。
 ああ、申し訳ありません。食事の話でございましたな。
 、義はいるか。
 あれを、こちらに持ってきてくれ。
 すみませんが、もう少しお待ちいただけますかな。
 あれは義と申します。
 小柄ではありますが、よく働きまして、私を軽々持ち上げるくらいには力が強いのでございますよ。
 さて、あれが来るまでどういったお話をしましょうかな。
 ほう。
 ここがどこか、ですって?
 ここは、私どもの住み処でございます。
 ほれ、見えますかな。
 私の指した方向のずうっと奥、そこでいきなり地面が途切れておりますでしょう?
 ここは四方を同じように見えない壁に囲まれていましてな、この限られた空間で私どもは日々を暮らしているのですよ。
 こういった住み処を与えられているのは、私たちだけではございません。
 ほうら。
 見えない壁の先、ずうっと奥に四角い水の溜まった箱が見えましょう。とても離れていますが、あれもまた住み処でございます。
 ほうら、動いた。
 分かりますか。
 胴長で、私どもの何倍もある身体のものが、水に満たされた宙をゆらりと動いているでしょう。
 私どもは、あれをさとと呼んでおります。
 ああいったものは住み処の外にもおりましてな、そのときは同じく青色の水の下をゆらゆら動いていたものでございます。
 一体、あれにどれだけ私どもの同胞が喰われたことか――。
 あなたも、気をつけなければなりませんよ。
 と言っても、この住み処にいれば、奴らはこちらに手を出せないのでございますが。
 この住み処に来る前、一度だけ私はあれを間近で見たのですが、その泥臭さ、生臭さといったら。必死に逃げまして、今はこうして生きながらえているのです。
 それでも、あれと同じもので、もっときれいなものもいるのですよ。
 私はそれを、せんと呼んでいるのです。
 それは、里よりも小さく、きれいで――。
 ああ、申し訳ございません。
 どうしても喧しくしてしまうのが、私の癖でしてな。
 おう、ご苦労だった、義。
 文、木世も、こちらへ来なさい。
 食事にしよう。
 私どもは、これが大の好物でございましてなあ。
 蜜でございます。
 どうですか。
 甘露でございましょう。
 住み処に来る前は、木世や義がこれを取ってきていたのですが、こちらに来てからは丁寧にも空から落ちてくるようになりましてなあ。
 ささ、遠慮なく。
 どうなされました。
 お腹が空いていないのですか。
 そう言わず、遠慮なく食べてもよいのですよ。
 文、木世。
 こちらの客人をもてなしてさしあげなさい。
 そうそう、そのように。
 腕を絡めて。
 身体を押しつけて。
 手を握って。
 口のなかに、指を絡ませて。
 足に跨って。
 決して、逃げられぬように。
 私どもは、あなたを待ちわびていたのですよ。
 あなたは、この虫籠に、久しぶりに落ちてきた餌なのですからなあ。
 こら、文。
 まだ噛んではいけないと言ったろう。
 あっ。
 どこへ行くのです。
 あなた、なかなか力が強いのですね。
 義と、どちらが強いのかなあ。
 逃げられませんよ。
 逃げられませんったら。
 ここは、四方を見えない壁に囲まれているのですよ。
 文も、木世も、義も、お腹が空いたろう。
 いつも、同じような蜜だったからなあ。
 さあ、こいつをお食べ。




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